急速に変わりゆく村の神事考 (新規就農のその後シリーズコラム 田舎生活編 神事への関わり)・・・ごもく農園 三村康也 
2011/01/13 Thu. 10:57 [edit]

(12月道園村祭り「こしょのきさん」…伝説の僧。疫病と防火(ひぶせ)の神)
新規就農は自分の思うがまま悠々田舎暮らしをするイメージがあるかもしれません。しかし、その土地に全く縁もゆかりもない者が「山村」という極めて閉鎖された社会に入り、畑を作るということはそんなに単純ではないと感じます。田舎では代々その地で守られ続く、神事への関わりもとても大事なものです。人の心に繋がる事で時に繊細なので注意深く関わって行かなければなりません。
ここ菊池重味道園集落では昨年暮れには「こしょのきさん」という伝説の僧で、疫病と防火(ひぶせ)の神の祭りと、村の氏神ご神木のしめ飾りの架け替え神事がありました。この集落では昨年までは神事が約二ヶ月に一回ありました。神事は日時場所作法など、昔に遡るほど厳格でしたが近代になるに従い徐々に日程が集約され、内容も変化しつつ昨年は年2回になってしまいました。

(12月道園村祭り「本座」…氏神ご神木のしめ飾り)
神事の持つ意味は色々とあると思います。古来山深い傾斜地にあるこの小さな集落では、自然が厳しく人の力は小さい環境です。このような環境においては自ずと八百万の神を治め、力を合わせて暮らさざるをえず、神事が拠り所だったのではと感じます。
それが近年、息子の代は勤め人の家がほとんどになり、自然相手の仕事でなくなった事、農作業も機械化して共同作業が減った事等々で、その連帯の感覚が薄れつつあるということでしょうか。
村のある先輩は言います。「現代の子供達が凄惨な事件を引き起こすのは、神事を減らし信心感謝の心を失いつつあるからだ」っと。子供だけでなく大人の事件も凄惨です。他の人々は時代錯誤と笑います。もちろん現代社会。神頼み一辺倒はナンセンスですが、私はある意味一理あると感じています。
米一粒に感謝し、風雨が治まり無事を感謝する事。私は新興宗教を一切信じませんが、日々自然に生かされている事への感謝を共有する事は、精神衛生上健全な気がします。社会が疲弊した今、「いただきます」の合掌と村の神事も時代は変われど人々の拠り所であり、絆として大切だと感じるこの頃です。
category: 新規就農
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